東京地方裁判所 昭和55年(ワ)2829号 判決 1981年10月30日
原告 直井明一郎
右訴訟代理人弁護士 福岡清
同 山崎雅彦
被告 村田茂人
被告 松山義雄こと 崔義雄
右訴訟代理人弁護士 柴田憲一
補助参加人 城南信用金庫
右代表者代表理事 杉村安治
右訴訟代理人弁護士 橋本一正
同 浅井通泰
主文
一 被告村田茂人は、原告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物を収去して別紙物件目録記載(一)の土地を明渡し、かつ、昭和五四年七月一日から明渡済に至るまで一か月金二万〇八六〇円の割合による金員を支払え。
二 被告松山義雄こと崔義雄は、原告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物を退去し、別紙物件目録記載(一)の土地を明渡し、かつ、昭和五四年八月一日から明渡済に至るまで一か月金二万〇八六〇円の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は本訴について生じた部分は本訴被告両名の負担とし、参加によって生じた費用は、参加人の負担とする。
四 この判決の第一項及び第二項は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告)
一 主文第一項、ないし第三項と同旨
二 仮執行宣言
(被告崔)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
(被告村田関係)
一 請求原因
1 原告は、別紙物件目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という。)を所有し、右土地につき被告村田茂人(以下「被告村田」という。)に対し、昭和四四年二月二七日、建物所有を目的とし、期間二〇年、賃料月額金二六五二円と定めて賃貸し、これを引渡した。
2 被告村田は、本件土地上に別紙物件目録記載(二)の建物(以下「本件建物」という。)を建築所有し、かつ、占有している。
3 原告は、被告村田が昭和五四年六月ころ本件建物を退去して所在不明となり、同年七月以降の賃料を支払わないので同人に対し、賃料を送達後一〇日以内に支払うこと、支払なき場合は契約解除をする旨の公示送達手続をなし、右は昭和五五年二月一三日送達され、同月二三日をもって被告村田との賃貸借契約は解除された。
4 本件土地の昭和五四年七月以降の賃料は一か月二万〇八六〇円であり、賃料相当損害金も同額である。
5 よって、原告は、被告村田に対し、本件建物を収去して本件土地の明渡を求め、かつ、昭和五四年七月から本件土地明渡済に至るまで一か月金二万〇八六〇円の割合による賃料及び賃料相当損害金の支払を求める。
二 被告村田は、公示送達による呼出しを受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書等の準備書面も提出しない。
三 補助参加人の主張
補助参加人は、被告村田が経営する訴外東京コーティング株式会社に対する債権保全のため、昭和五一年一〇月三〇日同被告所有の本件建物に極度額五〇〇万円、次いで同五二年一〇月八日右極度額を金一五〇〇万円に変更し、それぞれその旨の根抵当権を設定登記して取引中、同五四年七月三日同社は倒産し、社長である同被告は補助参加人に対する同社の残存債務金二〇五六万三六五一円については何らの支払をなさず姿を晦ましてしまったものである。そこで、補助参加人においては已むなく同年九月二五日右根抵当権に基づき所轄の東京地方裁判所に本件建物の競売(昭和五四年(ケ)第九五一号)を申立てた。
ところで、前記根抵当権を設定するに当っては、申出人は、昭和五二年一〇月六日、本件土地の賃貸人である原告の承諾を得たうえ設定したものであり、従って本件建物が補助参加人に対する被告村田の債務の担保となっていることは勿論、万一、右建物が収去されることになれば、補助参加人が甚大な損害を受けることになることは原告においても十分承知しているところであるから、原告が同被告との前記土地賃貸借契約解除のうえ前記建物の収去土地明渡を求めるに当っては、事前に補助参加人に対し同被告の地代の支払状況などについて何らかの連絡をとり、しかる後に右措置に出られるのが信義則上当然である。
(被告崔関係)
一 請求原因
1 被告松山義雄こと崔義雄(以下「被告崔」という。)は、昭和五四年八月一日に本件建物に入居して以来、右建物を占有している。
2 本件建物の同日以降の相当賃料額は、一か月二万〇八六〇円である。
3 よって、原告は、被告崔に対して、所有権に基づき、本件建物を退去して本件土地の明渡を求め、かつ、昭和五四年八月一日から右土地明渡済に至るまで一か月金二万〇八六〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2項の事実は認める。
三 抗弁
1(一) 被告村田は、昭和五四年六月三〇日、本件建物を訴外株式会社三都(以下「三都」という。)に対し、賃料月額二万円期間三ヶ年、敷金五〇〇万円の約で賃貸した。
(二) 被告崔は、昭和五四年七月中頃、三都から本件建物についての前記賃借権の譲渡を受け、右建物の引渡を受け居住している。
2(一) 昭和五四年九月二六日、本件建物の根抵当権者である補助参加人による任意競売の申立に基づき、右建物の競売手続が開始され、再度の競売期日が同五六年六月二四日と指定された。
(二) 被告崔は、前記競売期日において、本件建物を、競売代金一八五五万円で競落し、保証金として一八五万五〇〇〇円を納入した。
(三) 原告は、昭和五六年六月一〇日頃、訴外野崎儀助を介し被告崔に対して、本件土地を貸してもいい旨の意向を示していたにもかかわらず、被告崔が本件建物を競落した後は、競落にともなう名義書換料・承諾料等の支払について申入れたのに対し、いたずらに回答を引き伸ばしてきたものであり、本訴請求は権利の濫用である。
(四) 被告崔は、昭和五四年七月中頃、二度にわたり原告方を訪れ、本件土地の賃借人である被告村田に代位して右土地の賃料を支払う旨申し入れ、その提供をしたが、原告は受領を拒絶し、更に、被告崔が、昭和五四年八月分から同五五年三月分までは月額金二万円、同年四月分からは月額金二万〇八六〇円、それぞれ本件土地の賃料として弁済供託をし、同五四年七月分については、原告方に持参し弁済の提供をなしたが、原告はいずれもその受領を拒絶した。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1、(一)、(二)の事実は知らない。
なお、被告村田は、昭和五四年六月末ごろ、突然、原告ら近所の者に行先を告げることはなく本件建物から退去し行方不明となったものであり、その後金融業者と思われる者が頻繁に出入りし、同人の荷物を運び出し、二か月程は誰も入居していない状態であって、同人が第三者と右建物の賃貸借関係を結んでいるとは考えられない。
2 被告崔が昭和五四年八月分から同五五年三月分まで月二万円を、同年四月分から月二万〇八六〇円を供託している事実は認め、その効果は争う。
被告崔による地代の弁済供託は、一方的になされたものであり、同被告に地代支払の権限がないうえ、原告にはこれを受領すべき義務もなく、土地賃借人である被告村田が行方不明となって、土地賃貸借関係の信頼関係が破壊されている以上、被告崔の地代弁済供託は、右契約解除の効果に消長をきたすものではない。
第三証拠《省略》
理由
一 被告村田関係
1 請求原因について
《証拠省略》によれば請求原因事実を認めることができる。
2 補助参加人の主張について
借地上に借地人が所有する建物が存在し、これに抵当権が設定された場合、一般に、賃貸人が借地人の賃料不払を理由にして賃貸借契約を解除し、建物収去土地明渡を求めるには、賃貸人は借地人に対して催告すれば足り、建物の抵当権者に対し、事前に賃料の支払状況などについて何らかの連絡をしなければならないものではないと解することが相当である。
このように解することは、建物の抵当権者の地位を一見不安定にするかのように見えるが、抵当権者は、借地人の賃料不払による賃貸借契約の解除があり得ることを当然予期しなければならず、他方、賃貸人たる土地所有者は、賃借人の賃料不払等信頼関係を破壊するような事情があれば、契約を解除して建物収去土地明渡を求める権利を有するものであり、賃貸人と建物の抵当権者との間にこれを制限するような特別の定めがあるなどの事情があれば格別、借地人のみの帰責事由による解除の場合にまで、建物抵当権者の地位について配慮しなければならないとすることは、衡平を失し、妥当ではない。
ところで、本件では、弁論の全趣旨によると、土地の賃貸人である原告が、抵当権設定に承諾を与えていることを窺知できるが、これは、賃貸人が抵当権設定の事実を知らないとして苦情を持ちこんだり、賃貸人と借地人との合意によって賃貸借契約を解約し、建物を収去するような事態を防ぐ趣旨にでたものと推認することができ、原告のした右承諾は、借地人である被告村田の賃料不払を理由とする解除に際し、抵当権者に対し何らかの連絡をする義務まで付加するものとは到底考えられない。
従って、補助参加人の主張は理由がない。
二 被告崔関係
1 請求原因について
請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。
抗弁について
(一) 先ず、抗弁1の事実について判断する。《証拠省略》によれば、昭和五四年七月一一日、被告村田の代理人である船田博之と三都の代理人である佐野数繁との間において、本件建物についての賃貸借契約が締結された事実を一応認めうるが、他方、《証拠省略》によれば、三都と右船田は、共同して、被告村田に対し、同人が行方不明となった後の、昭和五四年七月二日、本件建物に根抵当権設定仮登記および停止条件付賃借権仮登記を経由したものであり、また、右契約を締結したのは、その後の同月一一日であることを考慮すると、突然、原告ら近所の者にも行先を告げることなく本件建物を退去した被告村田が、前記登記と別個に三都に対し賃借権設定の意思を有し、あるいはその旨の代理権を右船田に授与した事実は、《証拠省略》にもかかわらず、これを認めることは甚はだ困難である。証人崔は、この点について、被告村田が借金のため本件建物に住めなくなり、建物を賃貸したと三島某から聞いたと証言するが、右三島の存在は認められず、仮に三島某が存在してそのように述べたとしても、抗弁2の事実を推認するに足りず、他に同事実を認めるに足りる証拠はない。
のみならず、被告村田が三都と被告崔との間の本件建物に関する賃借権譲渡に承諾した事実を首肯するに足りる証拠はない。
(二) 次に抗弁2の事実について判断するに、(一)および(二)の事実が認められるとしても、(三)の事実はこれを認めるに足りる証拠はなく、本訴請求は権利の濫用とはいえない。
三 被告崔は、本件土地の賃料を昭和五四年八月分から、被告村田に代わって供託している旨を主張するが、《証拠省略》によれば、被告崔の右賃料提供は一方的になされたものであることが認められるところ、土地賃借人である被告村田が所在不明となって賃貸借関係の信頼関係が破壊されるに至ったものであることは上記事実関係に照らし明らかであるから、原告は被告崔による弁済提供金を受領すべき義務はなく、右は原告による本件賃貸借契約解除の効果になんらの消長をきたすものではない。
四 本件土地の一か月の相当賃料額は、《証拠省略》により被告村田が支払っていた本件土地の賃料月額二万〇八六〇円を認めるのが相当である。
五 結論
以上の事実によれば、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三、九四条を、仮執行宣言について同法第一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 牧山市治)
<以下省略>